今回の記事も、私の伝え返しについての経験的理解を書いていきたいと思います。
どちらかというと、積極的傾聴の学習を既に体験している人、玄人向けの内容になっていることを、ご容赦ください。
普段私は、伝え返しという表現は使いませんが、この伝え返しと称されるコミュニケーションは、人間本来の在り方に迫っていくようなポテンシャルを秘めています。
積極的傾聴の学習体験がない人にとっても、もし日常のコミュニケーションに違和感や、強い不満足感を持っている人にとっては、面白く感じられる記事かもしれませんので、興味本位で開いてみた方も、是非読んでみてください。
伝え返しの影響力ーなぜ言葉を伝え返すのか?
なぜ、傾聴者は相手の言葉をそのまま伝え返すような対応をするのでしょうか?
その人を今ここ、そのままに聞くということ
伝え返しは、語り手の言葉を、傾聴者がそのままのすがたで受け止めるという、非常に具体的で直接的な受容の所作です。
人間の自我というものは、はっきりとした形や色を持っているものではなく、目に見えない不確かなものです。
なかなか、経験したことがないとピンとこないと思いますが、自分の声にした言葉が、他者の声によって聞こえることの喜びは、自分自身の存在をそのままに他者に認めてもらえたと感じるほどの大きさなのです。
これが、聞いてもらえたという感覚です。
この聞いてもらえたという感覚は、自分にとって、他の人にはなかなか言い出せないような、ユニークで個人的な部分を語ったときこそ、大きく感じられます。
良い、悪いという評価に脅かされることもなく、ただ、自分の言葉が、他者の声によって受け止められているとき、語り手は、「今のありのままの私」を受け止めてもらえたという感覚を感じ、またそれを傾聴者に撫でてもらっているような感覚になることさえあり、安心できるのです。
次の言葉に運ばれやすい
そして、これも理屈では説明しにくい現象なのですが、傾聴者の伝え返しによって、語り手が、自分の語ったままの言葉を聞きながら語っていると、フッと次の言葉に運ばれていきやすいのです。
語る言葉がどんどん生まれ、自分の意志を超えて言葉が転がっていく感じになります。
あの感覚は不思議としか言いようがありません。
伝え返しは、傾聴者と語り手の間で、語り手の言葉のみで進んでいくコミュニケーションです。
伝え返しの影響力ー傾聴者は語り手のどんな言葉を伝え返すのか?
あらためまして、積極的傾聴学習の肝は、体験学習です。
頭でわかるということと、身に付き、実践できるということは別です。
積極的傾聴の実力を高めるには、とにかく頭で考えることよりも、やってみることの繰り返しが必要です。
積極的傾聴の学習は積極的な伝え返しの学習に集約されていると言っても過言ではありません。
語り手の言葉を正確に聞き、それを伝え返す。
これが、積極的傾聴の基本です。
しかし、現実的に語り手に聞かせていただいたすべての言葉を伝え返すことはできません。
だとすれば、語り手に聞かせていただいた言葉の中から、私が伝え返すべき、適切な言葉というものがあるのでしょうか?
伝え返す言葉をどう選べばよいのか?
語り手に聞かせてもらった言葉のすがたは、傾聴者のところではどんどん消えていってしまいます。
語り手の言葉のすがたとしてしっかり傾聴者に残るのは、語り手に聞かせてもらった言葉のすがたのほんの一部です。
その残った言葉のすがたを正確に、正直に相手に伝えていくという感じです。
傾聴者が変にひっかかったり、こだわったりしなければ、語り手が声にした言葉の中から、物事の事柄を説明しているような言葉よりも、語り手の感情を感じるような言葉のすがたや、活き活きとした言葉、逆に強い違和感のあるような言葉、生々しさが伝わってくるような言葉などが、そのままのすがたで傾聴者のところに残りやすいです。
それらの言葉は是非、性格に伝え返ししたいところですね。
伝え返しの影響力ー独り語りを支える
伝え返しは、語り手の独白的な語りを支えるための取り組みとも言えます。
語り手に聞かせていただいた言葉をそのまま傾聴者の声にして、伝え返すという行為は、語り手の独白的な語りを誘引し、それを支えます。
積極的傾聴の伝え返しは、語り手がより深く、より鮮やかに語っていくことを支えることができます。
その人の独り語りを支えるということは、その人がより、その人になっていく道を支えるということです。
伝え返しは、誰かに自分の答えを教えてもらいたがっている、または、誰かに自分の望む評価をしてもらうことで落ち着きたがっている、そのような人の欲求を満たすものではありません。
その人は、伝え返しに支えられながら、独白的に語っていく道の途中で、自分なりの答えや、自分なりの評価に出会っていき、たった独りで、わかったり、落ち着いたりしていくことができるのです。
その独白的な語りは、伝え返しという支えなしには、なかなかたどり着けない、道のようなのです。
伝え返しの影響力ー終わりに
積極的傾聴の神様、カール・ロジャーズは、積極的傾聴には技術だけではなく、傾聴者の態度、哲学がとても重要であると、繰り返し述べています。
私自身も、軽はずみに積極的傾聴を技術的に取り上げて語るたびに、先生に冷たい視線をおくられたものです。
積極的傾聴の技術は、繰り返しやってみて、失敗して、感じて、体感していかなければ身につかず、上達することはありません。
それは積極的傾聴が頭だけで行うものだからではなく、身体全体で行うものだからです。
積極的傾聴の技術を情報として伝えるということは、頭だけの積極的傾聴をする傾聴者をたくさん生んでしまうかもしれないという危険をもっています。
ここにあえて「伝え返し」という言葉で表した取り組みは、私の人生、生命、エネルギーが目一杯詰まった何かしら、の一部です。
この文章を読んで、面白いと思えた人が、知識レベルではなく、体感レベルの積極的傾聴学習に少しでも興味をもってくれることを願っています。
黒田明彦