今回の記事はカール・ロジャーズの提唱した、来談者中心の積極的傾聴における傾聴者の大事な態度である、感情移入的理解について書いていきたいと思います。
私は感情移入的理解が、3条件の中で一番傾聴者の個性が出るところだろうと思っています。
それは、単純に感情移入的理解は傾聴者の感性が色濃く反映されるからです。
興味のある方は読んでみてください
来談者中心の積極的傾聴における感情移入的理解とは?

感情移入的理解とは、カール・ロジャーズの提唱した来談者中心の積極的傾聴における、傾聴者に必要な3つの態度条件の一つです。
それは、語り手の感情や体験をあたかも自分のことのように感じて理解することであると言われています。
語り手は傾聴者の感情移入的理解により、安心と喜びを感じ、より自分らしく、変化していくことへのエネルギーを得るのです。
そしてそれまで、さまざまな脅威により、一人ではなかなかたどり着けなかったありのままの自分自身という感覚に、より肉迫していくことができるようになります。
高度に感情移入している傾聴者の言葉は、安全かつ効果的に語り手の自己理解を進めることもあるのです。
感情移入的理解の肝は相手と同じ感情にはなれないということ

来談者中心の積極的傾聴における感情移入的理解とは、語り手の感情や体験を鋭く感じて理解することと言えます。
感情移入しすぎるとつらくなる?
なんてつらそうなんだ。
なんてかわいそうなんだ。
こんな話、もうつらくてかわいそうで、聞いていられない!
このように、相手の話を聞いていて、とてもつらくなってしまった・・・。
そんな経験は誰しもあるのではないでしょうか?
これは、
- 相手の感情エネルギーに影響されて、相手の感情を身体が模倣してしまっている状態。
- 相手の感情的な言葉や態度に触発されて、自分の過去の感情がわいてきてしまっている状態。
のどちらかであることがほとんどです。
感情移入的理解は、相手の声にした言葉の相(すがた)と、身体に伝わってくる感情エネルギーから、今ここの相手の感情を理解しようとする動きです。
相手の感情エネルギーに押されて、自分を失っている場合でもないし、相手の感情エネルギーに乗っかって自分の過去の心を振り返っている場合でもありません。
相手の声にした言葉の相(すがた)と、目の前の相手の感情エネルギーから、今ここの相手の感情を理解しようとすることに徹底しているときは、相手の話がつらくてつらくて聞いていられないと言う状態にはなりません。
相手の感情のままになることはできない
相手の言葉を聞いて、私がどんなにつらく感じても、どんなに苦しく感じても、それは相手のつらさ、苦しさではありません。
どうやっても、自分の身体の感じ方しか知ることのできない私が、相手の感情のままになることはできないからです。
私は、ただ相手の感情を少しでも理解しようとすることだけです。
どんなに私の身体が相手の感情を模倣しても、どれだけ自分の過去の感情体験が思い出されても、今ここの目の前の相手の感情とそれは別のものです。
相手の感情そのものを感じることはできないとわかっていながら、相手の感情を少しでも理解していこうとする。
この姿勢を維持できているとき、どんな相手の感情エネルギーを前にしても相手の話をじっくりと聞いてけるようになり、
今私は、あなたの言葉の相(すがた)や伝わってくる身体の感覚から、つらさや、痛み、苦しみを感じます。
このような応答を落ち着いて続けられるようになるのです。
感情移入的理解を支える哲学

人間は本当の意味では理解し合うことはできません。
しかし、他人に自分のことをわかってもらえた、共感してもらえたという感じをうけることはありますね。
それはどんなときでしょうか?
自分の語ったところが否定されず「そうだね」「わかるよ」という、同意の言葉が聞こえたとき、私はホッとして、安心します。
これは、相手がこちらの感覚的世界を理解しているかどうかということにはあまり関係がありません。
こちらの語ったところ、感覚が肯定された、否定されなかったと感じがして嬉しくなっただけです。
しかし、相手の同じ対応でも、こちらがよりパーソナルで、ユニークで、強烈な感情が隠れている部分を語っているときに、相手が同意の言葉を言ってくれても「あなたに私の何がわかるの?」と嬉しいどころか、余計に寂しくなってしまうことがあるのです。
感情移入的理解とは同じ言葉を介した共鳴
私たちはお互いの感覚の世界を本当の意味では理解しあうことはできません。
お互い、自分以外の人間にはなれないからです。
ですから相手の感覚は分かりません。
しかし、相手の感覚はわからなくても、同じ言葉の相(すがた)から感じ、分け合うことはできます。
私は、相手が私の言葉の相(すがた)をそのままに聞いてくれていると感じられるとき、とても嬉しくなります。
そして、同じ言葉の相(すがた)を味わい、共鳴することができるていると感じるとき、一歩深いところで、「わかってもらえた、理解してもらえた」という感覚を得ることができるのです。
この時こそが一番二人の感覚的世界が近づいてるときではないでしょうか。
感情移入的理解ーの来談者中心の積極的傾聴、おわりに

今回はカール・ロジャーズの来談者中心の積極的傾聴における、傾聴者の3条件の中から、感情移入的理解について書いてみました。
私は積極的傾聴の学習を始める以前から、もし自分がありのままに感情的で、ユニークで、おかしなことを話しても、相手がその感情エネルギーに巻き込まれずに、ただ聞いてくれたら、どんなに救われるだろうかと思っていたものでした。
自分の言葉が相手の感情を触発してしまい、相手が感情的になってしまうと、もうこちらは話を続けることができなくなってしまいます。
しかし、世の中には存在したんです。
こちらがどれだけ感情的な話をしても、それに巻き込まれずに、聞き続けてくれる人が。
そしてさらに、私の語ったそのままの言葉の相(すがた)から、私の感情を感じ取って、ただ理解しようとしてくれる人が。
来談者中心の積極的傾聴って本当に奥が深く面白いですよ。
黒田明彦