この記事では、カール・ロジャーズのパーソナリティ理論に出てくる命題7についての説明に挑戦しています。
命題7のポイントは、人間の内部照合枠という言葉の理解です。
これは、人間がそれぞれ別々の経験の世界を生きているということがわかれば、ある程度理解できます。
他人の内部照合枠を理解しようとすることは、他人の経験の世界を理解しようとすることだからです。
カール・ロジャーズのパーソナリティ理論をなんとかわかりやすく説明できないかと考え、できるだけ簡単な言葉で説明しようとして作成した全15話にわたる小説タッチの記事です。
カウンセリング、カール・ロジャーズ、パーソナリティ理論、来談者中心の積極的傾聴、人間理解に興味のある方は読んでみてください。
第8話 学習5日目前半、命題7
テクテクと森の小道を歩くクー。
朝の森にはひんやりとした空気が流れていた。
クーは、森で朝ご飯を食べようと思って、お弁当を持って少し早めに家を出てきた。
腰かけるのに丁度よいキノコを見つけ、ちょこんと座る。
ササッとカバンからお弁当のニンジンを取り出す。
クー
食べようと思ってたニンジンが誰かに取られちゃったら…わたしは怒ると思うけどなぁ…。
ボソボソ言いながら、ニンジンをかじるクー。
食事をしながら幸せな気持ちになると、クーは、昨日食べたおにぎりのことを思い出していた。
クー
不思議な食べ物だったなぁ。とても優しい味がした…。いつか自分で作れるようになるかな…。
その時、ひとすじの風が森を吹き抜けていく。
ヒューッ
クーがいつかどこかで出会った風と同じ匂いがした。
?「いつも…ワタシは・・・ひとりぼっち・・・。」
クーの脳裏に一瞬だけ、小さな声がよぎる。
その小さな声に応えるように、クーはつぶやいた。
クーは、ピョンとキノコの椅子から飛び降り、またテクテクと歩きだした。
場面が変わって、今度は森の中のとある建物の中の小さな椅子にちょこんと座っているクー。
命題7
行動を理解するのに、もっとも有利な観点は、その個人自身の内部的照合枠から得られるものである。
(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)
先生
さて…、今回は内部照合枠というところをどう読み替えるかということが大事だね。
その人の行動を理解したければ、その人の経験の世界をその人の経験の世界のままに理解しようとすることが大事である。
先生
命題1のところで、人間はあくまで、それぞれの経験の世界を生きているんだ、と私が言ったのを覚えているかい?
クー
はい。わたしは、たったひとりで、わたしの経験の世界を生きていると教えてもらいました。
先生
うん、うん、そうだね。内部的照合枠っていうのはね、その人間の経験の世界そのものってことだと言えると思うよ。
先生
人間の日常にあるコミュニケーションはね、自分自身の経験の世界の出来事を、他の全ての人間の経験世界の出来事と同じであると誤解し、さらに、その上で自分の経験世界とは、全く違う相手の経験の世界にひとつも触れようとすることなしに、相手を理解したつもりになったり、否定したりするようなことであふれかえっているんだ。
先生
人間の全ての争いの原因は、この大きな誤解から始まっていると私は思っているよ。
クー
人間は…相手の経験の世界にひとつも触れようとすることなしに、相手を理解したり、否定した気になってしまうから、争いが絶えない…。
先生
そう…。人間は容易く事実を、置いてけぼりにしてしまう。
先生
…まぁ、もしかしたら、あなたは、がっかりするかもしれないけどね…。
先生
事実とはね…。人間は…他人の経験の世界に触れることは絶対にできないということなんだ。
先生
できないんだ…。決して…。どうがんばっても、相手そのものになることはできないからね。
先生
親子だろうが、兄弟だろうが、恋人だろうが、親友だろうが、人間は、相手の経験の世界を経験することは決してできない。
先生
だから、相手を本当の意味で理解することはできない。
クー
…相手を理解できないのはしょうがないこと…だったんだ…。
ポロポロと涙をこぼすクー。
先生
…相手を理解できないのはしょうがないこと、だったんだ。
クー
わたしは…誰にも自分を理解してもらえないなぁと、とても悲しくなることがあって…。
先生
誰にも自分を理解してもらえないなぁと、とても悲しくなることがあってね。
クー
大事な…大好きな相手に…理解してもらいたくて…でも理解してもらえなくて…悲しくて…。
先生
大事な、大好きな相手に理解してもらいたくて、理解してもらえなくて、悲しくて。
クー
でも、そんなわたしも相手のことを全然理解してあげられなくて…。
肩を震わせているクー。
クーは涙と鼻水をダラダラ流していた。
そっとティッシュを渡す老ウサギ。
思い切りよく鼻をかむクー。
クー
あれ…?でも…。それだと、この命題はどうなっちゃうんですか?
クー
その人の行動を理解したければ、その人の経験の世界をその人の経験の世界のままに理解しようとすることが大事である…。
先生
まず、相手を本当の意味で理解することはできないし、相手の経験の世界に触れることは決してできないということを踏まえた上で、この命題に取り組むことは大事なことだね。
先生
ふふ。さて、さて、相手を本当の意味で理解することはできないということがわかっても、その相手を放っておくことができないのが人間というやつだね。
先生
人間は生まれてから死ぬまでたった独りである。しかし、人間は、たった一人では生きられない。
先生
そう。いろんな役割分担をして、他人と協力しながら生きなくては、人間の生活は成り立たないからね。だから人間は、本当の意味で理解することのできない相手と、どうしてもうまくやっていく必要があるんだ。
クー
絶対に理解できない相手と上手くやっていく必要がある。
先生
そう。それが人間。それじゃ、どうやって、理解しようのない相手と上手くやっていけばいいのか?
先生
言葉を変えれば、どのようなやりとりならば相手の経験の世界に、にじり寄ることができ、ちょっとでも相手を理解するに、近づくことができるか。
クー
相手の経験の世界に、にじり寄る。相手を理解するに、ちょっとでも近づく方法…。
先生
その方法は…相手の言葉のすがたに、にじり寄る、相手の言葉のすがたに近づく、ということだよ。
先生
相手の声になった、文字になった、言葉のすがた、ここには、ここにだけは私は触れることができる。
クー
相手の言葉のすがた…には、わたしは触れることができる。
先生
私は、相手になることは決してできないけど、相手の言葉のすがたになることはできるんだ。
相手の言葉のすがたになること以上に、直接相手の経験の世界に近づく方法は存在しないんだ!
存在しないんだよ!
老ウサギは急に椅子から立ち上がり、机をバーンと叩く。
クーはびっくりして椅子から転げ落ちそうになる。
我に返る老ウサギ。
クー
とても驚きましたけど大丈夫です。先生にとって大事なところなんですね。先生の情動を感じました。
先生
そう!…ありがとう。ふぅ。ちょっと、お水をいただくね。
老ウサギはコップに水をくみ、ぐびぐびと水を飲んだ。
なぜか得意顔のクー。
クー
相手の経験の世界に、にじりよっていくには、相手の言葉のすがたになるしかない。
先生
そうそう。よく聞いているね。私は相手そのものになることはできないが、相手の言葉のすがたには、なることができる。
私が相手の言葉のそのままのすがたになると、私の声になった言葉のすがたが、相手の経験の世界に触れてくれるんだ。
私たちは、言葉のすがたを介することで、あたかもお互いの世界を触れ合っているかのような体験ができるんだ。
クー
先生、相手の言葉のすがたになるって、どういうことですか?
先生
そう…。相手が「とても悲しい」と声にしたのなら…、私も「とても悲しい」と声にしてみることだよ。
クー
それが、相手の言葉のすがたになるということ。相手の経験の世界に、にじり寄る、たった一つの方法…。
先生
そう…。とても大事なところだね。さて、この辺でちょっと休憩しようか。
第9話に続く